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東京高等裁判所 昭和56年(ネ)3116号 判決 1982年8月19日

控訴人 渡辺商事株式会社

右代表者代表取締役 渡辺一正

右訴訟代理人弁護士 土屋一英

被控訴人 日経ファクター株式会社

右代表者代表取締役 山川一雄

右訴訟代理人弁護士 沖本捷一

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人が訴外合名会社荒井製作所に対する長野簡易裁判所昭和五三年(ロ)第四二六号約束手形金請求事件の仮執行宣言付支払命令正本に基づき昭和五四年一月二七日にした原判決添付の別紙物件目録記載の各物件に対する強制執行は、これを許さない。

3  被控訴人の反訴請求を棄却する。

4  訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二当事者の主張

当事者双方の主張は、次に付加、訂正するもののほか、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

一  原判決二枚目裏七行目の「別紙目録記載の物件」を「別紙物件目録記載の各物件(以下「本件物件」)」に、同九行目の「物件」及び同一〇行目の「右物件」を「本件物件」に、同三枚目表二行目の「本件各物権の所有権を譲受けた」を「本件物件の所有権を譲受け、占有改定によりその引渡しを受けた」に、同六行目の「同(二)の事実は、」から九行目の末尾までを「同(二)の事実は認める。」にそれぞれ改める。

二  同三枚目表一一行目から同裏三行目までを次のとおり改める。

控訴人と訴外会社との本件物件についての代物弁済契約(以下「本件代物弁済契約」という。)は、後記反訴請求原因記載のとおり詐害行為として取消されるべきものである。

三  同四枚目表七行目の「前記」を「本件」に、同五枚目表五行目の「代物弁済」を「代物弁済契約」に、同八行目の「(一)の事実」を「(一)の事実のうち、控訴人が本件物件を代物弁済により取得した点は認めるが、その他の事実」に改める。

第三証拠《省略》

理由

一  本訴請求について

1  請求原因(一)、(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2  被控訴人は、本件代物弁済契約が詐害行為にあたるとして反訴によりその取消を請求しているところ、右請求の当否については、後記二以下に説示するとおり詐害行為取消権が存在すると判断され、本件代物弁済契約による控訴人の本件物件の所有権取得が否定されることが明らかである。

3  したがって、控訴人の第三者異議訴訟は理由がなく、棄却を免れない。

二  反訴請求について

1  被控訴人の債権の存在

(一)  《証拠省略》によれば反訴請求原因(一)の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。(なお、《証拠省略》によれば、被控訴人は売掛債権の買取り及びその管理業務を営業目的の一とする会社であり、被控訴人は原判決添付の別紙約束手形目録記載の約束手形を昭和五三年一〇月二八日訴外藤森好一から裏書を受けて取得したことが認められるが、前記のような営業目的が会社の目的として合法であることはいうまでもないところであり、右のような営業目的の会社が約束手形を取立を目的とした信託的な譲渡としてでなく、売買により完全にこれを取得し、みずから債権者として手形債権を行使し、その手段として訴訟を提起追行することは、何ら妨げられるものではなく、被控訴人の前記約束手形の取得が訴訟行為をさせることを主たる目的とした信託的な譲渡であることを認めるに足りる証拠はないから、被控訴人の右約束手形の取得を無効とするいわれはない。)

(二)  そうすると、被控訴人は、訴外会社に対し少なくとも二二五〇万円の債権を有するものというべきである。

2  詐害行為の成否

(一)  訴外会社が昭和五三年一〇月一一日控訴人に対する二五七四万五〇〇〇円の債務(本訴請求原因(二)の前渡代金の返還債務)のうち一〇〇〇万円の弁済に代えて本件物件を譲渡したことは、当事者間に争いがない。

(二)  《証拠省略》によれば、(1)訴外会社は、鍛造部門でフォーク・リフトの爪、板金部門ではもみがら燃焼機、灯油タンク、重油タンクを製造していたが、昭和五〇年以降受注が減少して経営不振となり、昭和五三年以降近い将来における経営改善の見込みもなかったところ、同年九月に第一回の、同年一〇月に第二回の不渡手形を出して事実上倒産したこと、(2)同年九月末日ころには、訴外会社の負債総額は三億円を超えていたこと、(3)一方、右当時、訴外会社の資産は、事務所、工場、倉庫などの建物、その敷地となっていた土地及び工場内の設備であり、それらの価値は合計約一億三〇〇〇万円であったが、本件物件を除く右各物件にはいずれも金融機関などによりその価格に達する債権額の抵当権が設定され(工場内の設備も工場抵当法により抵当権の目的とされていた。)、もはや担保余力はなかったこと、(4)右当時抵当権等の担保権の設定を受けていない債権者(以下「一般債権者」という。)らの債権総額は約一億円であったが、これら一般債権者の債権の担保となるべき物件は、本件物件を措いては他に何もなかったこと、以上の事実を認めることができ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三)  また、《証拠省略》によれば、(1)控訴人は、訴外会社に対し昭和三〇年ころから重油、コークス等の燃料を販売して来たが、昭和四七年ころからその取引額も多額にのぼるようになったこと、(2)更にそのころ、訴外会社との間で同社の製造するもみがら燃焼機を継続的に購入する契約を締結し、その前渡代金として昭和四八年二月から昭和五〇年一月までの間に八二一一万五〇〇〇円を交付し、その間四六七七万円相当のもみがら燃焼機を受領していたところ、同年一月ころ右燃焼機の需要が伸びないので売買契約を解除し、同年一月三一日右前渡代金のうち五〇〇万円の、同年二月一四日四〇〇万円の返還を受けたが、なお未返還の前渡代金は二六三四万五〇〇〇円となっていたこと、(3)その後控訴人は訴外会社に対し右前渡代金の残額の返還をしばしば求めていたが、昭和五一年、五二年中には全くその返還を受けることができず、わずかに昭和五三年四月から八月にかけて六〇万円の返還を受けることができただけであったので、その間控訴人は、代物弁済による支払をも求め、同年三月ころにはその交渉もかなり進展したが、実現に至らなかったところ、訴外会社が第一回の不渡手形を出したのち第二回の不渡手形を出して事実上倒産する直前の同年一〇月一一日に至ってにわかに本件代物弁済契約の締結に至ったこと、(4)なお、その間、控訴人は、訴外会社振出の手形を銀行で割引きを受け、その金員を訴外会社に交付するという方法で訴外会社に融資援助を行っており、その額は昭和五三年一〇月ころ六〇〇〇万円を超えていたこと、以上の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(四)  以上(一)ないし(三)の認定の事実によると、訴外会社は、本件代物弁済契約が締結される直前の昭和五三年九月には第一回の不渡手形を出しており、右契約当時訴外会社の債務がはるかに資産を上回り、かつ、近い将来の経営改善の見込みもなかったのであるから、無資力であったというべきであり、しかも、本件物件が一般債権者の債権の唯一の担保となるものであったのであるから、訴外会社代表者としては、訴外会社が本件物件を控訴人に対する債務の弁済に代えて控訴人に譲渡すれば、他の一般債権者は全く弁済を受けることができなくなることを容易に知ることができたものと考えられ(《証拠省略》によると、一般債権者は訴外会社の倒産後全く弁済を受けていないことが認められる。)、このことと控訴人と訴外会社の長年にわたる密接な取引関係を考え合わせると、訴外会社代表者は、親密な取引関係にあった控訴人の前記前渡金返還債権確保のため他の一般債権者の利益を害することを知りながら本件代物弁済契約を締結したものと推認するのが相当であり、特段の事情のない限り本件代物弁済契約は詐害行為にあたるものというべきである。

(五)  もっとも、《証拠省略》によれば、本件物件の価値は合計約五〇〇万円であり、前記(一)認定のとおり訴外会社はこれを控訴人に対する一〇〇〇万円の債務の弁済に代えて譲渡したものであるが、前記認定のように、本件代物弁済契約の締結当時訴外会社は無資力であり、近い将来の経営改善の見込みもなく、本件物件が一般債権者の債権の唯一の担保をなすものであったのであるから、本件物件を取得したのち控訴人が残余の前渡代金返還債権を回収する見込みはなかったものと考えられ、したがって、控訴人が本件物件を適正額の五〇〇万円の債務の弁済に代えて譲り受けようと、適正額を超える一〇〇〇万円の債務の弁済に代えて譲り受けようと、控訴人の利害には何ら変りはなかったものというべきであり、他方本件代物弁済契約によって他の一般債権者は全く弁済を受けられなくなる結果を生ずるものであるから、本件物件がその価値を上回る一〇〇〇万円の債務の弁済に代えて譲渡された事実は、本件代物弁済契約を詐害行為にあたると認定することの妨げとなるものではない。また、《証拠省略》によれば、本件代物弁済契約の締結と同時に控訴人は訴外会社に対し本件物件を賃貸していることが認められ、したがって、本件代物弁済契約を締結したことのゆえに訴外会社の経営に支障が生じたものとは認められないが、本件代物弁済契約の代償として他の一般債権者の利益となるような措置がとられたことを認めるに足りる証拠はなく、他に本件代物弁済契約が詐害行為とならない特段の事情があることを認めるに足りる証拠はない。

3  控訴人の善意の有無

控訴人は、本件代物弁済契約の締結にあたって債権者の利益を害することを知らなかった旨主張し、証人小町勇はこれにそうような供述をしているが、後記認定事実に照らし、これを措信することはできず、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

かえって、前記認定のように、控訴人は、昭和五〇年初めころからもみがら燃焼機の売買前渡代金二六三四万五〇〇〇円の返還を求めていたが、昭和五一年、五二年には全くその返還を受けられず、昭和五三年の四月から八月にかけてわずか六〇万円の返還を受けることができたにとどまり、その間多額の融資を行って来ているのであるから、昭和五〇年以降訴外会社が経営不振の状態にあったことを知っていたと推認されるし、右のような密接な取引関係にあったことから訴外会社が九月ころ第一回の不渡手形を出したことも当然知っていたものと推認される。また、《証拠省略》によれば、控訴人は、訴外会社所有の不動産のすべてに銀行又は取引先のための担保権が設定されていたことを知っていたと認められ、したがって、本件物件が一般債権者の債権の唯一の担保となるものであることを知っていたと推認される。更に、《証拠省略》によれば、本件代物弁済契約の締結された翌日の同年一〇月一二日にも、控訴人は、訴外会社所有の工場、倉庫、居宅棟八棟の建物及び宅地一筆並びに訴外会社代表者荒井六郎所有の宅地二筆に前記融資金債権について極度額を一〇〇〇万円とする根抵当権を設定した事実が認められる(ただし、《証拠省略》によれば、訴外会社所有の右不動産についてはすでに抵当権が設定されており、担保余力はなかったものと認められる。)。これらの事実を総合すると、控訴人は、本件代物弁済契約の締結当時、本件物件が一般債権者の債権の唯一の担保となるものであり、これを代物弁済により控訴人が取得すれば他の一般債権者の利益を害することを知っていたものと推認するのが相当である。

4  結論

以上によれば、被控訴人の反訴請求は理由があり、これを認容すべきである。

三  以上の次第で、右と同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 香川保一 裁判官 越山安久 吉崎直彌)

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